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その科学が成功を決める

その科学が成功を決めるその科学が成功を決める
(2010/01/26)
リチャード・ワイズマン

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以前も書いた気がしてきたが改めて。
最後p273に簡潔なまとめがあったのでそれだけ引用しておく。
才能や成果ではなく努力をみてあげること。大きなゴールだけでなく着実な進歩を。鉢植えもっていくぐらいはすぐできそうだ。二の腕つかむのは・・・・どうだろう。

感謝の気持ちを育てる
人生の中で自分が感謝することを三つ書き出す。あるいはこの一週間のあいだにとくにうまくいったことがらを三つ書き出す。するとひと月ほどのあいだ、幸福感が高まる。そしてそれまでより将来に対して楽観的になり、健康状態もよくなる。

財布に赤ちゃんの写真を入れる
財布に笑顔の赤ちゃんの写真を入れておくと、なくしたときもどってくる割合が三割増える。赤ちゃんの大きな目とまるくて小さな鼻が、ひとの奥底に眠る進化のメカニズムに訴えて親切心を目覚めさせ、持ち主に返そうという気持ちが高まるのだ。

キッチンに鏡を置く
自分が食べるものを選ぶとき、目の前に鏡があると三十二パーセントの人が健康によくない食品を避けたいという実験結果がある。鏡に映る自分の姿を見ると体型が気になりはじめ、体にいい食品を選ぶようになるのだ。

職場に鉢植えを置く
職場に植物を置くと、男性社員の発想力が十五パーセント高まり、女性社員は問題に対してそれまでより独創的な解決法を考えだせるようになる。植物があるとストレスが減り、気分がよくなって創造力が高まる。

二の腕に軽く触れる
人の二の腕に軽くふれると、頼みを聞いてもらいやすくなる。人は誰かにさわられると、無意識に相手を上位の存在として受け止めるからだ。デートの研究によると、二の腕に触れるとナイトクラブで相手がダンスの誘いに応じる率が二割増え、通りで知らない人に電話番号を教える率が一割上がった。

パートナーとの関係について本音を書き出す
パートナーと毎週数分ずつ、自分たちの関係をどう感じどう思っているか、お互いに本音を書き出すと、関係が長続きする率が二割増える。このような「感情にあふれたメモ」には、たがいにプラスの言葉で話せる効果があり、より健全でしあわせな関係が続く。

うそを見抜くときは目を閉じ、相手の言葉に耳を傾ける
相手のうそを見破るヒントは、その言葉づかいに隠されている。人はうそを話すとき「うーん」や「えー」などの言葉が多くなり、自分を指す言葉(「私に」「私が」「私の」など)を使わなくなる。そして電話よりeメールを使うほうが、うそを伝える率が二割減る。メールでは記録が残るため、あとで自分に跳ね返ってくる可能性が高いからだ。

子どもをほめるときは、才能ではなく努力をほめる
子どもの才能より努力をほめると(「よくやったわ、ずいぶん頑張ったわね」など)、実際の結果がどうであれ子どもの励みになり、失敗を恐れることがなくなる。

成功した自分ではなく、前進する自分をイメージする
夢が現実になったときの自分を思い描くかわりに、目標達成に向けて一歩一歩前進する自分を思い描くほうが、はるかに成功する率が高い。特に効果的なのは第三者の立場で眺めることが。客観的に自分を眺める人は、主観的に自分を眺める人にくらべて成功する率が二割高い。

自分が遺せるものについて考える
親友が自分の葬式で弔辞を述べる場面を、少しのあいだ想像してみる。自分は個人として、あるいは仕事人として何を遺せるだろう。それを考えると自分の長期的な目標が明確になり、現在その目標に向けてどこまで進んでいるかを自覚することができる。

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突き詰めた本質こそが人を動かす~「イシューからはじめよ」(安宅和人:著)

自分自身のイシューを見定められているだろうかと思わず自問自答してしまう。

イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」イシューからはじめよ―知的生産の「シンプルな本質」
(2010/11/24)
安宅和人

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どこかのブログで見つけた本。この手のものはもう手に取るまいと思っていたのだが、脳科学→マッキンゼー→ヤフーという著者のキャリアが気になり、アマゾンのページで少し「立ち読み」したときにこの一節にハッとして、読んでみることに。

「バリューのある仕事とは何か?」僕の理解では、「バリューの本質」は2つの軸から成り立っている。ひとつめが、「イシュー度」であり、2つめが「解の質」だ。(中略)僕の考える「イシュー度」とは「自分のおかれた局面でこの問題に答えを出す必要性の高さ」、そして「解の質」とは「そのイシューに対してどこまで明確に答えを出せているかの度合い」となる。


本当にその仕事はやる意味があるのか?徹底的に自問自答せよと。時間を投下するに値し、かつ実際に問題解決が技術的に可能と思われるぎりぎりのラインを狙え、ということである。(決して単純なより好みを推奨しているわけではない)

以降内容は問題解決のアプローチに対する王道的解説。マッキンゼーで新人教育も担当されていたようで、具体的で丁寧な説明。特に成果物にすることを意識した点が印象的。あと事業戦略立案に向けたシンプルなアプローチ例は自身の苦労もあり参考になる。とにかく最初から最後まで「イシューは何か?」に徹底的にこだわり続けた内容である。メッセージ的には元BCGの内田氏の論点思考に通じるものがあり、こちらのほうが読み口は優しい。ただ問題解決に向けた具体性という意味ではこの本が圧倒的である。

全体を通し、著者が言いたいことは「序章」にあるこの言葉に集約されているのではないかと思う。

一人の科学者の一生の研究時間なんてごく限られている。研究テーマなんてごまんとある。ちょっと面白いなという程度でテーマを選んでいたら、本当に大切なことをやるひまがないうちに一生が終わってしまうんですよ。(利根川進)


人も企業もいろいろ突き詰めていくと、最終的なイシューは何か?ということになる。貪欲に何かを手に入れようとすればするほど、何かを犠牲にしてそこに全てをかけるのは自然の摂理。そうした姿に人は感動するのだ。
ザッポスにおける幸せの定義もしかり、「神々の山嶺」の羽生丈二が山にすべてをかける姿もしかり。人の心を動かしたり世の中に革新を生むには、混ざりけのないまでに突き詰めた本質的なイシューへのこだわりとその飽くなき追求、それしかない。

顧客満足と従業員満足~ザッポス伝説(トニー・シェイ著)

2011年の最初の投稿はザッポス本について。

顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説―アマゾンを震撼させたサービスはいかに生まれたか


本を購入していたが手つかずにいたところ、無料セールしていた電子書籍版が読みやすく(iPhone版を利用)、結局こちらで読了。(最近は電子書籍の方が体に合う)

幼い頃から商魂たくましかったトニー・シェイ氏。ハーバードからオラクルに入社したエリートである。リンクエスクチェンジ起業からマイクロソフトに売却し結果会社を離れてからザッポス経営に携わるまでの数年間、ユーモアを交えつつも生々しく綴られる。そしてその生々しさは、ザッポス経営に携わってからの資金繰りのところでより最高潮に。@dankogai氏が書かれていたことはまさにその通りだった。

個人的に印象の残ったのは、自ら起業した会社を離れやや虚無感に襲われた期間にポーカーに熱中するようなのだが、そこで「勝負(=事業)で勝つためのポイントを学んだ」というくだり。どのテーブルにつくか(どの市場で勝負するか)が最も自由度が高く重要な選択であるというのも、他のどんな表現よりすっと納得できた。

後半は、ザッポスのもつコアバリューや、カルチャーこそが企業のコアコンピタンスになるという主張が続き、アマゾンへの売却(実際にはアマゾン株との株式交換)、そしてそこからその過程の中で得た「サイエンス・オブ・ハピネス」という考え方の紹介が続く。正直少しこの辺りになると受け取り方は個人差が出てくるとは思う。

私はこの本を読んで、従業員満足と顧客満足というテーマが頭に浮かんだ。

企業における従業員満足と顧客満足との優先順位はこれまでも議論されてきている。ただそれは、自分たちが幸せでその仕事を通じ充実と満足感を得てなければ、顧客を満足させること(ザッポスでは「ワオ!」という体験を提供すること)出来ないという、組織における目的達成つまり利益追求の手段としての従業員満足であったように思う。
ザッポスにおける違いは、顧客満足と従業員満足との関係性にあるのではないか?

顧客を喜ばせること自体に達成感を覚えかつそうした組織体・カルチャーを100%受け入れられる人のみを採用する。結果、会社の成長と働く人の幸福が同じベクトルを向くことを目指している。

組織で働いていると、顧客(時に外部パートナーや同事業内の他部署をも含む)満足と自分やその仲間達の満足(時に自己犠牲)とのバランスに悩むことがある。マネージャーという職種に就くと特にそうだろう。
この時のバランス感覚の持ち方はマネージメントにおける一つの要諦だと思っているが、自分は51:49というバランスをベースにしている。つまり、顧客満足を徹底しつつも、ぎりぎりのところで自社や仲間を守らなければ継続的に満足を提供はできないということ。顧客が49で自社が51というのがぎりぎりのバランス感覚になる。これが逆に顧客が51以上になると一時的には良いが長期的にはビジネスとして難しいということ。勿論時と場合によるだろうが、概ねこの基準を崩すと自分も過去結果ろくなことは起きなかった。

いづれにせよ、ザッポスはこうした企業文化を背景に「世界最高の顧客サービス」というブランドを定着させ、EC以外の市場にも進出したいと随所に記述がされていた(例えばザッポス・エアラインとか)
彼らが次にどんなテーブルに着くのか、引き続き注目したい。

PS.
この51:49のバランスというのは、馬場 史郎氏が著作「SEを極める50の鉄則」で述べていた表現を自分なりに解釈したものだ。何事も極めた人の知見は応用がきく。

【書評】モリー先生との火曜日

ちょっと唐突に書評です。というのもシゴタノ!読書塾に応募したくてアップしたんだが、時間切れ・・・でもせっかく書いたのでそのままエントリーしますね。

●人生のエッセンス



昔職場の上司だった人に聞かされたことがある。

「俺運動会で周りばっかりみながら走っている息子の徒競争を見て起ったんだよね。
 他人を気にして横や後ろばっかり見てるから遅いんだって。速く走りたければ一目散に前を向いて走れって。」

自分の信じる道をまっすぐ進める人は強い。そして最終的に遠くまで行ける。

こんなことは誰でもわかっているんだが、実際人生そうやって生きるのはかなり難しい。
人生をかけるテーマに若くして出会えることはとても幸運だ。嫉妬もある。

息巻いている若者、社会人としてやっていける自負もあり野心もあった若かれし自分には、まだこの言葉の意味がわかってなかったのかもしれない。言葉どおり、人に負けないように、とにかくわき目も振らずただひたすらに仕事を追いかけていた。そして10年がたった。

自分らしいって素晴らしい、世界で一つだけをめざそう!という安易で楽観的な人生観ではなく、ふりかかるすべてを受け入れ、そのうえで幸せとは何か、自分らしく生きるとはどういうことか。

人生をより深く遠くから見ることの意味を教えてくれたのがこの本だ。

モリー先生との火曜日モリー先生との火曜日
(1998/09)
ミッチ アルボム

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●この本との出会い


前の会社を辞め新しい仕事を探していたこの春に、この本に偶然出会った。

スポーツライターとして成功した著者は、ふとしたテレビのニュースで大学時代の恩師が余命いくばくもなく病床に伏していることを知る。仕事では成功していたものの自分自身を見失いかけていた著者は、自分が見失っている何かを探し求め、久しぶりの恩師の病床を訪ねる。ふとしたことで週に一回、人生についての講義を受けることになり、人生・愛・仕事・家族・お金・死など様々なことを学んでいく・・・

家族や愛、死など人生について幅広く深いことばにあふれているこの本は、どんな状況にある人にも必ず響く部分があるはずだが、とりわけこの本が自分に深く刺さったのは2つ理由があると思っている。

まず、自分と主人公が、彼のように成功しているとはいえないながらも、非常にオーバーラップする部分があったという点。
自分は仕事で稼げるようになることが社会人としての自律であり、家族に対する責任を果たすことだと思っていた。出張も多く家庭は二の次三の次の10年だった。

あとは、タイミングだろう。転職という人生の節目において様々に自分の人生を棚卸を求められていた。今後の人生を送るにあたって、良かった部分と変えていくべき部分を見つけ出したかった。そんな自分にぴったりだったのだろう。

●人生の学び



先生は主人公に以下のような問いかけをする。

「誰か心を打ち明けられる人、見つけたかな?」
「君のコミュニティに何か貢献しているかい?」
「自分に満足しているかい?」
「精一杯人間らしくしているかい?」



この質問が、まさに人生で何を満たすべきかのすべてを物語っている。

以降先生を通じてさまざまに豊かな言葉が並ぶ。

「人生には、前に引っ張られたり後ろに引っ張られたりの連続なんだよ。
何か一つのことをやりたいのに、他のことをやらないわけにはいかない。
何かに腹を立てる、しかしそれがいけないことは分かっている。
あることをこんなもんだと考える、あっさり片付けるべきでないとわかっていても。
対立物の引っ張り合い。ゴム紐を引っ張るようなもんだ。人間はたいていその中間で生きている。」
・・・どっちが勝つんですか?
「そりゃ愛さ。愛はいつも勝つ」



人生は有限をいかにコントロールするかが勝負。時間もお金も。そんな人生の本質を表す言葉な気がする。

人生でいちばん大事なことは、愛をどうやって外に出すか、どうやって中に受け入れるか、その方法を学ぶことだよ
愛を受け入れる。自分は愛される値しないとか、愛を受け入れれば軟弱になると思われがちだけれども、レヴィアンという賢人が言っているよ、『愛は唯一、理性的な行為である』



愛を語るにはあまりにおこがましいが、この言葉をかみしめられるようになりたい。

子供を持とうか持つまいかと聞かれたら、どうすべきだとは決して言わないことにしているんだ。・・・ただ、『子供を持つのと同じような経験はほかにないですよ』とだけは言う。
ほかに代わりはないんだ。友達も恋人も代わりにはならない。
ほかの人間に対して完全な責任を持つという経験をしたければ、そして、この上なく深いあいのきずなをいかをいかに築くかを知りたければ、ぜひ子供を持つべきだね。



家庭を築く意味、子供を持つ意味を、これ以上に適切に表現している言葉をいまのところ知らない。

かねは優しさの代わりにはならない。権力もそう。死を目の前に控えてここに座っている私に言えることは、かねや権力をいくら持っていても、
そんなものは探し求めている感情をあたえてくれはしないってこと。それを一番必要としているときにね。


この国では、ほしいものと必要なものがまるっきりごっちゃになっている。ほんとうに満足を与えてくれるものは何だと思う?自分が人にあげられるものを提供すること。かねのことを言っているわけじゃない。時間だよ。あるいは心づかい。話をすること。



人を愛することに自らを捧げよ、周囲の社会に自らを捧げよ、目的と意味を与えてくれるものを作り出すことにみずからを捧げよ。
もしトップにいる人たち相手にかっこうをつけているんなら、やめたほうがいい。いずれ見下されるのが落ちだよ。また底辺にいる人たちに見せびらかしているんなら、それもやめるんだな。
うらやましがられるだけさ。ステータスなんて何の役にも立たない。心を広く持ってはじめて人とも対等に付き合うことができる。



人に与えることで自分が元気になれるんだよ。自分の時間を与え、悲しい思いをしていた人たちを微笑ませることができれば、わたしとしてはこれ以上ないほど健康になった感じがするんだよ。
こうしてあげたいと、心の底から出てくることをやるんだな。そうすれば、不満を覚えることはない。うらやむこともない、ひとのものをほしがることもない。逆に、こうしてもらいたいと、心の中にもどってくるものに押しつぶされてしまう。



・・・まだまだ素敵な、でも重い知恵の詰まった言葉であふれている。

●自分へのインパクト


自分はとくに、家族や自分の所属するコミュニティへの貢献という部分は本当に考えさせられた。
これまではいつも自分は何をしてもらえるのかということが一義だった気がする。
それで今回、自分のコミュニティのために何ができるのかを真剣に考え始めた。

まずは自分の家族に向けて。
恥ずかしいのだが、今までは正直家は住めればいいと思っていた。何回か引っ越しを重ねたがマンション探しはいつも妻に任せていた。でも家族にとってかけがえのない場所である家をないがしろにしていいわけがない。(これでも三児の父親である)
家を構えることは主のもっとも大事な責任である。そんなこんなで、これを機にではないが、家を構えることにした。もちろん家族の意見は尊重したうえで、物件選びからその後の契約なども含めすべて自分が行った。紆余曲折あったものの、来月引っ越しの運びになり、思い入れもヒトシオである。

また大学時代に所属していた運動部のために何かできないかと考えている。当時は強豪でならしたチームだったが最近は厳しい戦績。とくにリクルーティング面での貢献のためにも、OBとして協力するための企画を考えているところ。

優しくなるために強くなりたいと思ってきた。自分の家族を守るためにも、お金も必要だ。家も買ったし、これまで以上に稼がなあかんわけで。それは変わらない。

でもそれだけじゃだめなんだと気づいた。

人に多くのものを与え、そして与えてもらえる人生を送りたい。
プロフィール

中野康雄

Author:中野康雄
@yasuoyasuo
ECモール事業サービス・システム担当Mgr.
最初の一歩と最後の一歩、何事も清濁併せのむが信条。
映画にロマンと人間の真理を、プロレスにプロフェッショナリズムを見出す36歳(1974年生まれ)
子育て教育環境のイノベーションが日本を救うと信じている。

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