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【書評】モリー先生との火曜日

ちょっと唐突に書評です。というのもシゴタノ!読書塾に応募したくてアップしたんだが、時間切れ・・・でもせっかく書いたのでそのままエントリーしますね。

●人生のエッセンス



昔職場の上司だった人に聞かされたことがある。

「俺運動会で周りばっかりみながら走っている息子の徒競争を見て起ったんだよね。
 他人を気にして横や後ろばっかり見てるから遅いんだって。速く走りたければ一目散に前を向いて走れって。」

自分の信じる道をまっすぐ進める人は強い。そして最終的に遠くまで行ける。

こんなことは誰でもわかっているんだが、実際人生そうやって生きるのはかなり難しい。
人生をかけるテーマに若くして出会えることはとても幸運だ。嫉妬もある。

息巻いている若者、社会人としてやっていける自負もあり野心もあった若かれし自分には、まだこの言葉の意味がわかってなかったのかもしれない。言葉どおり、人に負けないように、とにかくわき目も振らずただひたすらに仕事を追いかけていた。そして10年がたった。

自分らしいって素晴らしい、世界で一つだけをめざそう!という安易で楽観的な人生観ではなく、ふりかかるすべてを受け入れ、そのうえで幸せとは何か、自分らしく生きるとはどういうことか。

人生をより深く遠くから見ることの意味を教えてくれたのがこの本だ。

モリー先生との火曜日モリー先生との火曜日
(1998/09)
ミッチ アルボム

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●この本との出会い


前の会社を辞め新しい仕事を探していたこの春に、この本に偶然出会った。

スポーツライターとして成功した著者は、ふとしたテレビのニュースで大学時代の恩師が余命いくばくもなく病床に伏していることを知る。仕事では成功していたものの自分自身を見失いかけていた著者は、自分が見失っている何かを探し求め、久しぶりの恩師の病床を訪ねる。ふとしたことで週に一回、人生についての講義を受けることになり、人生・愛・仕事・家族・お金・死など様々なことを学んでいく・・・

家族や愛、死など人生について幅広く深いことばにあふれているこの本は、どんな状況にある人にも必ず響く部分があるはずだが、とりわけこの本が自分に深く刺さったのは2つ理由があると思っている。

まず、自分と主人公が、彼のように成功しているとはいえないながらも、非常にオーバーラップする部分があったという点。
自分は仕事で稼げるようになることが社会人としての自律であり、家族に対する責任を果たすことだと思っていた。出張も多く家庭は二の次三の次の10年だった。

あとは、タイミングだろう。転職という人生の節目において様々に自分の人生を棚卸を求められていた。今後の人生を送るにあたって、良かった部分と変えていくべき部分を見つけ出したかった。そんな自分にぴったりだったのだろう。

●人生の学び



先生は主人公に以下のような問いかけをする。

「誰か心を打ち明けられる人、見つけたかな?」
「君のコミュニティに何か貢献しているかい?」
「自分に満足しているかい?」
「精一杯人間らしくしているかい?」



この質問が、まさに人生で何を満たすべきかのすべてを物語っている。

以降先生を通じてさまざまに豊かな言葉が並ぶ。

「人生には、前に引っ張られたり後ろに引っ張られたりの連続なんだよ。
何か一つのことをやりたいのに、他のことをやらないわけにはいかない。
何かに腹を立てる、しかしそれがいけないことは分かっている。
あることをこんなもんだと考える、あっさり片付けるべきでないとわかっていても。
対立物の引っ張り合い。ゴム紐を引っ張るようなもんだ。人間はたいていその中間で生きている。」
・・・どっちが勝つんですか?
「そりゃ愛さ。愛はいつも勝つ」



人生は有限をいかにコントロールするかが勝負。時間もお金も。そんな人生の本質を表す言葉な気がする。

人生でいちばん大事なことは、愛をどうやって外に出すか、どうやって中に受け入れるか、その方法を学ぶことだよ
愛を受け入れる。自分は愛される値しないとか、愛を受け入れれば軟弱になると思われがちだけれども、レヴィアンという賢人が言っているよ、『愛は唯一、理性的な行為である』



愛を語るにはあまりにおこがましいが、この言葉をかみしめられるようになりたい。

子供を持とうか持つまいかと聞かれたら、どうすべきだとは決して言わないことにしているんだ。・・・ただ、『子供を持つのと同じような経験はほかにないですよ』とだけは言う。
ほかに代わりはないんだ。友達も恋人も代わりにはならない。
ほかの人間に対して完全な責任を持つという経験をしたければ、そして、この上なく深いあいのきずなをいかをいかに築くかを知りたければ、ぜひ子供を持つべきだね。



家庭を築く意味、子供を持つ意味を、これ以上に適切に表現している言葉をいまのところ知らない。

かねは優しさの代わりにはならない。権力もそう。死を目の前に控えてここに座っている私に言えることは、かねや権力をいくら持っていても、
そんなものは探し求めている感情をあたえてくれはしないってこと。それを一番必要としているときにね。


この国では、ほしいものと必要なものがまるっきりごっちゃになっている。ほんとうに満足を与えてくれるものは何だと思う?自分が人にあげられるものを提供すること。かねのことを言っているわけじゃない。時間だよ。あるいは心づかい。話をすること。



人を愛することに自らを捧げよ、周囲の社会に自らを捧げよ、目的と意味を与えてくれるものを作り出すことにみずからを捧げよ。
もしトップにいる人たち相手にかっこうをつけているんなら、やめたほうがいい。いずれ見下されるのが落ちだよ。また底辺にいる人たちに見せびらかしているんなら、それもやめるんだな。
うらやましがられるだけさ。ステータスなんて何の役にも立たない。心を広く持ってはじめて人とも対等に付き合うことができる。



人に与えることで自分が元気になれるんだよ。自分の時間を与え、悲しい思いをしていた人たちを微笑ませることができれば、わたしとしてはこれ以上ないほど健康になった感じがするんだよ。
こうしてあげたいと、心の底から出てくることをやるんだな。そうすれば、不満を覚えることはない。うらやむこともない、ひとのものをほしがることもない。逆に、こうしてもらいたいと、心の中にもどってくるものに押しつぶされてしまう。



・・・まだまだ素敵な、でも重い知恵の詰まった言葉であふれている。

●自分へのインパクト


自分はとくに、家族や自分の所属するコミュニティへの貢献という部分は本当に考えさせられた。
これまではいつも自分は何をしてもらえるのかということが一義だった気がする。
それで今回、自分のコミュニティのために何ができるのかを真剣に考え始めた。

まずは自分の家族に向けて。
恥ずかしいのだが、今までは正直家は住めればいいと思っていた。何回か引っ越しを重ねたがマンション探しはいつも妻に任せていた。でも家族にとってかけがえのない場所である家をないがしろにしていいわけがない。(これでも三児の父親である)
家を構えることは主のもっとも大事な責任である。そんなこんなで、これを機にではないが、家を構えることにした。もちろん家族の意見は尊重したうえで、物件選びからその後の契約なども含めすべて自分が行った。紆余曲折あったものの、来月引っ越しの運びになり、思い入れもヒトシオである。

また大学時代に所属していた運動部のために何かできないかと考えている。当時は強豪でならしたチームだったが最近は厳しい戦績。とくにリクルーティング面での貢献のためにも、OBとして協力するための企画を考えているところ。

優しくなるために強くなりたいと思ってきた。自分の家族を守るためにも、お金も必要だ。家も買ったし、これまで以上に稼がなあかんわけで。それは変わらない。

でもそれだけじゃだめなんだと気づいた。

人に多くのものを与え、そして与えてもらえる人生を送りたい。
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プロフィール

中野康雄

Author:中野康雄
@yasuoyasuo
ECモール事業サービス・システム担当Mgr.
最初の一歩と最後の一歩、何事も清濁併せのむが信条。
映画にロマンと人間の真理を、プロレスにプロフェッショナリズムを見出す36歳(1974年生まれ)
子育て教育環境のイノベーションが日本を救うと信じている。

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